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B面トライアングル<23>

B面トライアングル<23>【伝説になった痴話ゲンカ】

わりと平和な日々が続くような気がする、季節はもう冬。彰人さんと手をつないでもそんなに汗をかかない温度。それから緊張もだいぶとれて、心臓に負担がかからなくなったことが嬉しい日々。学校ではケイちゃんと目を合わせてはいけないと思いつつも、つい目で追いたくなってしまうのを堪えながら、それなりにうまくやっている。藤崎と一緒に。

目の前にいる今でも好きな人に、手を伸ばすことができる距離にいる私を、見張っていてくれる藤崎がいて良かったと思う。私と藤崎は親友のように一緒に過ごす時間が増えた。
それでも、全てをぐちゃぐちゃにしてしまってでも、ケイちゃんの手をとって走り去りたい衝動が消えない。どんなに彰人さんが好きでも、彰人さんが目の前にいない時、私の心は彰人さんだけのものにはならない。もしも大人になって何かを上手くやれるようになったらきっと「悪い女」と呼ばれるようになるのかもしれないと思った。



今日の、彰人さんたちのバンドが出演するライブに行くことができないと、彰人さんに告げたのは昨日。冬休み前の学校のイベント行事の準備がどうにも終わらなくて、放課後残って作業をしなくてはいけなくなったからだ。私は積極的にそんなものに関わる気はなかったけれど、クラスの中心にいる藤崎はそういうわけにはいかない。そして藤崎と一緒にいる私も藤崎を通して関わることになってしまう。面倒ではあるけれど、やらなければいけないことは真面目に取り組みたい。誰かに迷惑をかけたいわけではないのだから、できることはしようと思っていた。藤崎がとりまとめている斑で作業を進める私だけれど、今日はライブに出演する藤崎が放課後の作業に加われない。藤崎の代わりに彼女である私がそれなりにまとめなければならなくなってしまったのだ。彰人さんには事情を説明してライブには行けないと言った。

面白くなさそうではあったけれど、まさか中学生の可愛らしい学校行事では文句をつけるわけにもいかず、といった雰囲気でしぶしぶ納得していた。

「かずみが来ないなら歌うのやめようかな。」と、自分の弟を困らせていたけれど。


でも学校の方は思ったほど時間はかからなかった。だから彰人さんたちの演奏には間に合わないとは思ったけれど、家に帰って着替えてからライブハウスに向かった。好きな人に少しの時間でも会いたいと思う可愛らしい乙女心だった。冷たい風を受けつつも無意識に走っていた。大好きな場所で大好きな人に会えるから、心は弾む。彰人さんはきっと駆け付けた私の頭を撫でて喜んでくれるだろうと信じて疑っていなかった。

そしてそんな私が目撃してしまったのは、信じたくない、信じられない光景だった。



もうすでに演奏が始まっているライブハウスに着いてから、大きな音のシャワーの中、私は恋人の姿を探す。客席をざっと見渡すけれどごちゃごちゃしていてよくわからなかったから、楽屋に誰かいるだろうと思い楽屋に向かう。

楽屋の扉を開けると中には誰もいない。でもガタガタと物音がするから、私はその物音のする方へとゆっくり歩いた。

そして私が見た光景は、信じられないことに彰人さんの浮気現場。信じられないしショックだった、というより、これだけは見たくなかった。楽屋の脇にある給湯室とも呼べないような狭くて扉もない空間で、紗由美さんをきれいじゃない錆びた銀色の流しのようなところに押し付けて、後ろからたいして楽しくもなさそうにヤッていた。聞くのをずっと忘れたいたけれど彰人さんは紗由美さんと別れていなかったんだろうか。

私は嫌すぎて血の気が引いた。それと同時に気持ちの中の何かが一気に冷める。妙に冷静に、慌てもせず話しかけられたのが不思議だ。きっとなんとなくこんな目には合うんだろうとは思っていたからかもしれない。

話しかけたと言っても一言だったけれど。

「最低。」

静かにそう言った私を見つけた彰人さんは少し驚いたように見えた。

「あれ?かずみ、学校大丈夫だったの?って、やっぱこういうのヤバイ?」

まずこの態度が許せるとは思えない。私が怒っているのは顔を見ればわかるだろう。別に表情を隠す気はない。そして彰人さんは確実に怒っている私の表情を見ながら、押さえつけている紗由美さんに向かって鬼のようなことを言っている。

「紗由美、やっぱヤルのもなしね。すごい愛してる彼女に怒られるから。続きテラちゃんにでもしてもらえば?テラちゃんともヤッタことあんでしょ?」

「えっ、彰くんっ、彰くん待ってっっぇやだぁっ、彰くん、」

そんな最低な彰人さんと元彼女だか、まだ別れていないんだかわからない彼女、紗由美さんとの会話。そんな可愛い顔してるくせに紗由美さんはバカなんじゃないかな。彰人さんにそんなことを言わせておくだけなんて信じられない。そんなこと言われたら普通殴るか蹴るかだ。その前にこんなヤな男とはしない。……そしてこんなヤな男が好きで、会いに来た私はもっとバカだ。

バカらしくてバカらしくて情けない。こんな男に惚れた自分が嫌だし、彰人さんを許そうとも思えない。勝手にやってろ、たぶん私の心は泣くだろう。でもこれで彰人さんから解放されるのかもしれないと、どこかでうっすらと柔らかい光のような感情も生まれる。

当たり前だと思うけど、私はもうこの場にはいたくなかったから、くるっと振り向いてスタスタと速足で歩いた。楽屋から正面ロビーへと出る扉の方に歩く。裏に行っては彰人さんが追ってきた時に2人きりで話をすることになるだろうと思ったから、わざとごちゃごちゃ人のいる方へと歩いた。

少し頭を整理したかった。凍りつくように冷めた一瞬から、だんだんと熱く込み上げる想いが私を苦しめる。悲しい?泣ける?悔しい?怒り?寂しさ?苦しみ?なんだろう、全部?味わったことのない感情が次々と高速で溢れだしてくる。ああ、これはショック状態だ。何から考えていいのかもわからない。そのままフラフラと歩きながら、胸が苦しすぎて重病患者のようだと自分で思った。

こんなに苦しい思いをさせられるなら、今少しくらい泣いてもさっさと忘れてしまった方が楽だ。この先こんなにも心の負担になる材料を与え続けられたら、死ぬ。慣れる前に絶対死んでしまう。人間に防衛本能のようなものがあるとしたらそれだと思うけど、絶対に無理矢理にでも数か月で「思い出の人」にしてやろうと思った。


「かずみぃっ!」

正面ロビーへの扉にもう少しで着くという時、彰人さんが私を呼ぶ。振り返ると走ってきた彰人さんにガシッと腕を掴まれた。またこういう大変な場面で私の頭はふさわしくないことを勝手に考える。彰人さんが息を切らして走っている姿を初めてみたなぁ…と。もしも同じ年で同じ学校だったら体育の時間に走っている彰人さんを見て恋心を育てたりするのかなぁ…と。バカらしい。

「っかずみ、どこ行くの?」

どこへ行くか、それは私も自分に聞きたい。とにかく今はムカムカするから彰人さんの顔が見たくない。あんな現場を見られても私に平気でどこへ行くのかと聞けるその神経もカンに障る。

「…彰人さん、離して。」

「何で?」

…何で。これは一体どういう意味だろう。「何で」。彼氏の浮気現場なんて見たら怒ってどっか行こうとしても普通じゃないのかな。だって頭に来るから顔も見たくない。彰人さんと向き合うにあたってこういうのも慣れろとか言われたら、ガンガン暴れてやる。慣れるつもりはサラサラなくて、こんなことが込みなお付き合いはできないとはっきり言おう。

「彰人さんこそ、何で?何でああいうことするの?」

「…だってかずみが今日来ないって言うから。だいたいさぁ、慶太と別れても毎日同じ教室にいるわけだろ?それを思うともうオレいろいろ耐えられなくて。」

これはいいわけとして正当だろうか、いやぜんぜん意味がわからない。なんで私が来ないと他の人とそんなことするのか、なんで私が元彼と同じ教室なのが耐えられないから他の人とそんなことするのか、ぜんぜん意味が不明だ。

「こういうのすごいヤダ。疲れるっ。嫌い。他の人とそういうことするならその人とつき合えばいいじゃん。私はもう彰人さんとは付き合えないっ!別れるっ。」

彰人さんのこの態度にだんだんと冷静でいられなくなってくる。感情的にはなりたくないけれど、彰人さんのいいわけにはその行為が悪いと思っているような素振りがないから、腹立たしさが膨れ上がる。

「ダメ。それはダメ。かずみが他の女とヤるなって言うならもうヤらないよ?」

ナンダその言い方。頭に来る、来すぎる。だって普通は好きな人がいてつき合っているんだったら他の人とヤらない。でも私の場合はそうじゃなかったからそれに関しては普通に怒れないのかもしれないけど、でも私はちゃんと別れたじゃないか。よくわからないけど、単純な浮気とかじゃないんだから、ケイちゃんとの事は。

彰人さんといて、これからもこんなことで苦労するならもうゴメンだ。結局こういうのが怖くて彰人さんに踏み出せなかったのもあるのかもしれない。ケイちゃんがいたときは気持ちにケイちゃんという逃げ道があったし、実際私自身が忙しくてそれどころじゃなかった。彰人さん1人を選ぶことによってやっぱりこんな目に合うんだ。彰人さんを選んだ私がバカなんだ。

私がバカだったのはもうわかったけど、それにしても、今のこのどうにもならない気持ち。この胸のモヤモヤと気持ちの悪い感情を一体どうしてくれようか。すごく面白くない。すごく苦しい。これがヤキモチという感情なのはわかるけど、もう苦しすぎる。こんなに胸が苦しい思いは初めてだ。もしもこんな苦しいヤキモチなんていう感情をフタマタ状態の私が、ケイちゃんにも彰人さんにも与え続けていたのなら私はなんという極悪人。そんなことも知らずにフタマタなんてすごく悪いことをしていたのではないかと思った。いろんなことを考えて無言になる。彰人さんにとってはそんな私の様子が怒っているように映ったのだろう。

「かずみ、もうしないからそんなに怒るなよ。」と、私を抱き寄せて甘ったるい声で言った。

それでも沸々と怒りが収まらない。もうこれ以上頭に来るのも不安になるのもイヤすぎる。そもそもいいわけが意味不明だし、私が他の人とヤルなって言ったらヤらない?っていうのもバカにしてるとしか言いようがない。いいわけの意味がわかったところで許せる気になるとも思わないけど、いちいち全部わけのわからないことを言われるのも腹が立つ。信用できない、やっぱりもうヤダ。

「触らないでよっ。こういうのは、浮気っていうんだよね。好きな人に浮気なんてされたら許せない!浮気する男なんて大嫌い。だから彰人さんとはもう付き合えない。」

彰人さんを突き飛ばして私は淡々とそう言った。彰人さんは慌てる様子もなく、私の腕をもう一度掴み、自分の方に引き寄せ、今度は強く抱きしめる。というより捕まえる。逃げられないように。

「かずみ…オレのこと好き?
…実は一度もそれ言われたことないって知ってた?
大嫌い、なら何度も言われたけどね…今、好きな人って言った?」

たしかに、私は彰人さん本人に「好き」と言ったことが一度もないかもしれない。藤崎やケイちゃんには彰人さんが好きだと伝えたことがあるけれど、本人には言ってない、というよりいつもイライラさせられて、そう簡単に言えるような状況下にいない。

「…好き、だったけど、今もう嫌いになった!大っ嫌い、離して!」

「ダメ、絶対離さない。
他の女に気持ちなんて少しもないよ?かずみだけ好き。」

「でもヤなの、ムカつくからヤダ、大嫌い、触んないでよっ、やだぁっ、ヤダ、やぁああっ、ヤダってば、大っ嫌いっっ、」

頭の中がぐちゃぐちゃなのに、彰人さんは強引に私の唇を奪おうとする。私は自分の抱えている感情が悔しくてどうにもならない。本当は彰人さんが他の女の人に触れるのがイヤだ。彰人さんが他の女に興奮するのもイヤだ。彰人さんが他の女で気持ち良くなるなんてイヤすぎる。もうとにかくイヤでイヤでしょうがない。こんなに独占欲のような気持ちが育つとは思っていなかった。好きだからすごく許せない。好きであればあるほど許せない。本当の恋心さえ最近知った私にはこんなイヤすぎることの許し方なんて知らない。

「そんなに怒り狂うほど…オレが好きなんだ?…嬉しいなぁ。もう他の女とはしないよ。かずみだけ。それに…かずみは絶対に逃げられないよ。絶対逃がさない。どんなに嫌がっても絶対離れない。わかるだろ?すごく好きなんだよ、初めからずっと、かずみはオレとは絶対別れられないからね。どこへ逃げたって無駄。」

どこの異常者だよ、バカ野郎、一歩間違えなくても彰人さんの言う事は時々犯罪者みたいだ。私が彰人さんを好きじゃなかったら確実に気持ち悪い。そうやって異様な愛情を私に向ける時、今でも本当は少し怖い。どこかで「この人本当に大丈夫かな。」と思ってしまう時がある。そしてそんなことを言いながら、私を抱き寄せて一心不乱に身体を撫でまわす彰人さんがが恐ろしいし、今はおぞましい。痛いくらいに強く私の身体に触れる。腕から肩を掴み、それからアバラから胸を押し上げる様に掴む。私がどんなに嫌がってもこうなるといつも逃れられない。でも今はこのムカつきの感情を捨て去れないから虫酸が走るほど腹立たしい、やっぱりイヤだ。

彰人さんの手を強引に払いのけると少し距離をとって言った。

「…じゃぁ、わかった。
許すけど、でも私が浮気しても彰人さんも許してよ。
ケイちゃんのことは浮気じゃないからノーカウント。
私も気持ちは彰人さんだけにあるって言いながら、でも他のどーでもいい男とヤる。ヤってみる。それも経験でしょ?今さら経験人数が一人や二人増えたって別にいいもん。」

どうせ別れられないなら、これくらいやらなきゃ気が済まないと思ってそう言った。彰人さんは何を言い出すんだと、少し驚いた表情で笑う。

「あはははっ、ちょっと待てよかずみ、それは違うだろ?
そういうのは無しだよ。男と女は違うよ?」

「何で?!違わない。だって苦しいし許せない!
彰人さんも同じ立場になればいいんだ!」」

「あんなどーでもいい女、ホントにただの処理用だよ?
ただの穴?ヤラしてくれるって言うから突っ込むだけだよ、男は。」

「じゃあ、私もただの棒突っ込む!誰かにお願いするっ!」

「ダァメ。そんなことされたら耐えらんねーよ。」

「だから私だって耐えられない!
…のに、耐えろって言うんだから同じことする。」

「もぉ黙れ、おまえはオレのしか突っ込んじゃダメ。それに好きでもない男とヤれんの?オレがちょっと突いただけでもお子様なかずみなんてギャーギャー喚くんだから無理だよ。気持ち悪い男なんていっぱいいるよ?油系デブの不細工柔道部なんてどう?泣くだろ、かずみ。」

「ぅー………………、」

油系デブの不細工柔道部…それは悔しいけれど無理だ。気持ち悪すぎて想像しただけで鳥肌が立つ。男女はこんなにも不公平なのが面白くない。不公平がイヤなら我慢してでも公平になってやりたい。でも油系デブの不細工柔道部だけはどうしても無理だ。死んだ方がマシなくらい触られるのが嫌すぎる。この煮えたぎった思いを糧にしたとしても我慢はできないだろう。でも私が相当我慢して柔道部とヤれたら、彰人さんは今の私以上に苦しむだろうか。

だけどなにもそんなスゴイのを選ばなくたってもう少しマシなのだってたくさんいるはずだ。普通に、普通な人。…ケイちゃん、はシャレにならないから無理だし、吉貴くん…はそういう対象に見れない、藤崎は女とはできないだろうし…いない。というより狭い。私の世界は狭すぎる。こんな狭いトコロで彰人さんにどんどん洗脳されていっていいのか私!それも面白くない。

「…やっぱり別れたい…柔道部は無理だけど、彰人さんもヤダ。」

そう言いながら、ケイちゃんを選んでいればこんな目には合わなかったんだろうと思ってしまう自分がいる。彰人さんときちんと向き合うことがとても大変なのはなんとなくわかっていた。それは、初めからすごく恐れていたことで、傷つくことも想像がついた。それでも選んだのは私。誠実さや思いやりや暖かさや優しさ、ふわふわした幸せな恋愛を選ばなかったのが自分なのだから、今さら逃げても仕方ないけどどうしても納得がいかない。納得がいかないなら我慢なんてしてやるもんか。

「かずみ…そんなに許せないほどオレが好だったら、オレの気持ちもわかんない?毎日慶太と同じ教室で、家だって目の前。オレはかずみが目の前にいない時間全部が面白くないね。いつでも気が狂いそうだ。」

「だからもう彰人さんなんて狂ってんでしょ、初めから狂ってた!」

「なぁ、好き。って言って?」

「はぁあ?ふざけんな、大っ嫌い!」

「だってオレはずっとかずみが好きで好きでどうしようもないのに、かずみに好きって言われたことないんだよ?」

「だって嫌いなんだもん、大っ嫌い。今は特に嫌い、気合いでただの棒突っ込むから待ってろ、柔道部以外のね!それが嫌なら別れるからっ、っ触んないでよっ、ヤダッ、嫌だってば、ヤなの!やだあああっ…やっうぅっ…うううんぐぅう……、」

捕まえられて頭を押さえられて、強引に唇を奪われる。何もこんな時にまでちゃんと謝りもしないでこんなことしなくたっていいじゃないか、と怒りを通り越して悲しくもなってくる。でも悔しいから絶対泣かない。今日の私はこれを絶対受け入れないし、流されるつもりはない。

…ガリッ……

「ッ痛っ……、」

私は彰人さんの唇に噛みついた。そして捕まっていた彰人さんの腕の中からすり抜けるように逃げた。心臓はドキドキと跳ねる。私が噛みつくと彰人さんは異様に喜んで狂う時がある。その瞳が怖いといつも思う。このまま捕まったら絶対アレだ。ヒモ。私だって少しは学習したんだからそのくらいの予測はつく。ここは絶対に捕まらないように、まずすぐそこにある正面への扉を開けて人のいるところに行くんだ。私は彰人さんの方を警戒するように睨みつつ、敵に後ろを見せないようにそのまま後退りをする。そっと、そっと、扉に手が届くまで。

あと数センチ。扉に手が…、届いた!

私は一瞬で扉をガバッと大きく開き、正面ロビーにいるたくさんの人たちの姿を目にした時、ホッとした。そしてその人の渦の中の一員になろうと急いで足を踏み出した。走って逃げれば大丈夫。彰人さんが追いかけてきて腕を掴んでも、悲鳴をあげられたらさすがの彰人さんもここで酷いことはできないだろう。ちゃんと考えて行動すれば、私にも逃げ道はあるんだ。逃げ道は自分で作るものだと思った。

そして私は人がたくさんいるこの場所で、安心して考えごとをしようと思っていた。彰人さんが追ってきたとしても、ここなら強引に抱き寄せられずに普通に話をすることくらいならできる。自分自身の冷静さも取り戻したい。

少し冷静になって、この事態をどうしていくのか考えよう、と思ったその時だった。突然後ろから誰かにはがいじめにされるように抱きつかれた。誰かと言ってもそんなのは彰人さんしかいない。そう、よく見ればこの腕は彰人さんの腕だ。

でもこんなに人のいるところでこんなことはしてもらいたくない。私たちがつき合っていることはまだ藤崎くらいしか知らないし、できれば私は中学生である自分が彰人さんの彼女だと人には言いたくない。知られてしまうのは仕方ないとしてわざわざ自分から言いふらすなんていうことだけはしたくなかった。だから当然、その手をふりほどこうとする。でも、痛いほど、異様なほど、彰人さんの腕には力が入っていて、私はものすごい不安に襲われた。それから背筋がゾッとするほどの嫌な予感がした。

次の瞬間、私が言葉を発する隙も与えずに彰人さんは私の肩をすごい力で掴み自分の方に向かせる。頭の中で「まさか…?」と静かに呟く自分を確認できるかできないかくらいの短い時間…瞬間の後、彰人さんはそのまま私が立っていられないほどに唇に吸いつき、息が出来なくなった私はそのまま床に倒れこんでしまった。何が起きているのかわからないこの短い時間には何も考えられなかった。

それでもまるで獲物に襲いかかる獣のように、彰人さんは唇を離そうとはしない。硬いロビーの床に強い力で押さえつけられてしまった頭が物理的に痛いのに、唇までも押し付けられているから痛くて頭も動かせない。周りの人々が私たちを中心に集まってくるのが分かる。人の目がコチラに向き始めてしまったのがわかる。怖い。恐ろしい。彰人さんはここでこれ以上のことをしないだろうかととてつもない不安に襲われ、涙を堪えるどころではなかった。

それなのに、ガタガタと震えてしまっている私の耳元で彰人さんは、

「かずみが別れるっていうなら、もうどうなってもいい。ここで犯してやる。」

と、恐ろしい言葉を囁いた。脅しや嘘に聞こえなかった。この状況を回避することだけを考なければいけないと思った。回避する一番いい方法は「別れない」と言って彰人さんを受け入れる動作をするのが一番いいのに、私の身体は恐ろしさに負け、彰人さんを遠ざけようと必死に抵抗してしまった。

ライブハウスの正面ロビーはそんなに広くはないけれど、こんなにたくさんの人がいる。私はこの人だちにどんなふうに思われているだろうか。私がかわいそうに見えるだろうか。それでもいいから誰か!誰か、彰人さんを止めて欲しいと願うしかなかった。

彰人さんは私の唇をまた荒々しく奪い、そして洋服の裾から彰人さんの手が胸元に伸びてくる。怖くて怖くて震えが止まらないから段々と手に力が入らなくなる。どうして私はこんな公衆の面前でこんなことをされなければいけないのか、さっぱり意味がわからない。私の足と足の間にはすでに彰人さんの腰が入り込んでいて、かなりブサマな格好だ。もう、これは人して終わるのでは…とまで思えた。彰人さんはおかしい。それはもうわかったけどこんなのは嫌だ。

私の瞳は溢れだす涙で滲んでいるから、こちらを注目している人たちの顔の表情はわからない。この中にこの事態を止めてくれる人がいるのかいないのかもわからない。そしてパニックを起こして震えている私のスカートの中に彰人さんの手が素早く伸びる。寒いのに、カッコ悪いからと厚手のタイツを履いてこなかったことを後悔した。彰人さんは下着を下ろすのではなく、下着の間から濡れるわけがないその部分へ強引に指を突っ込んだ。

こんなトコロで!

「ぅううっ、っいやああああっ、ヤダああぁあああ、助けて、誰かっ…ううぅっ、んんんっ!」

事態を最悪にするとはわかっていても、もう叫ばずにはいられない。がむしゃらに首を左右に振って彰人さんの唇から一瞬逃れ、叫んだ。でもまたすぐに固定され黙らせられる。こんなに人がいるのに。ロビーの床の上なのに。受け入れられるわけがない。私はアダルトなビデオの女の人じゃないんだ!たくさんの人のいる前で犯されるのは嫌だ!

指を突っ込まれたまま必死な抵抗をする私に、狂ったように襲いかかる彰人さんとの壮絶な戦いが起きてしまった。


その戦いは一瞬だったのか、それとも長い時間だったのかもうわからなくなるほど私は必死だったけれど、泣き喚く私に手を差し伸べてくれたのは吉貴くんで、彰人さんを後ろから抑え込んでいたのは、ベースの寺田さんと藤崎だった。

大騒ぎが起きつつあるロビーから、引きずられるようにそのまま裏へと私たちは連れて行かれた。私と彰人さんは別々に、私は階段の踊り場のような所に吉貴くんと座った。これまでにない恐怖に襲われた私はなかなか泣きやめず、吉貴くんにぴったりとくっついていつまでも泣いていた。しばらくして、吉貴くんがタイミングを計るように話しかけてくる。

「…かずみ、大丈夫?…どーしてあんなことになった?」

「わっ、わかん…ないっ…っ、」

どうしてあんなことになったのか、私にだってわからない。正しい答えとしては、彰人さんがおかしすぎるとしか言いようがない。

「彰人なんであんなんなってんの?」

「っ…しらっ…ないっ…、ひっく、」

「かずみ、慶太と別れたんだよな?原因…彰人?」

「……………。」

ケイちゃんは吉貴くんに私と彰人さんのことを話さずに、ただ別れたとだけ伝えたのだろうか。そのうち私から彰人さんのことを説明しようとは思っていたけれど、ある程度はケイちゃんから聞いているものだと思っていた。まだ罪悪感のようなものがあるから、吉貴くんに堂々と彰人さんとつき合っているとは言いたくなくて、吉貴くんがわかっていたとしてももう少し時間がたってから説明しようと思っていたのだ。こんな騒ぎを起こして益々申し訳ない気持ちになりつつ、情けない表情で吉貴くんの方を見る。

「彰人に惚れちゃダメだよって言ったのになぁ…。」と、吉貴くんは少し眉を寄せながら優しく諦めたように私を見た。


ガタン!カツカツカツ…

突然誰かの足音と、階段下の金属の扉が何かにぶつかったような音がした。

私が泣きやんで落ち着くようにと、吉貴くんは楽屋から伸びる狭い通路からステージを反対方向の小さな誰も通らないような場所を選んでここに連れてきてくれた。ここなら今演奏中のバンドの音もさほど大きくないから話しやすい。そのくらいは離れている。だからわざわざ探しに来ないとこんなところには辿り着かない。

おそらく探しに来たのは彰人さん。どんな感情を今もてばいいのかさえも迷う。怖いから…も、悔しいから…も、許せないから…も、好きだから、嫌いだから、そしてたぶんこんな目にあっても私の中に今、芽吹いているのはこの感情、

彰人さんを苦しめたいから…そんなふうに思う自分も怖い。

でも考える間もなく、お兄さんに甘える妹のように、私は吉貴くんにべっとりとくっついた。たかがこれだけのことでも彰人さんはキレられるほどに、私を求めているのを知っているから。

そして辿り着いた彰人さんは無表情で私と吉貴くんと見る。でも私は知っている、彰人さんはすごく怒ると無表情か、もしくは恐ろしい笑顔。でも彰人さんは無表情のまま無言で私を吉貴くんから引きはがした。恐ろしい笑顔を作る余裕がないのが小気味いいとさえ思えた。私が与えられた苦痛な感情の一部でもいいから彰人さんにも苦痛を味あわせたい。本当は倍にして味合わせたい。

「おい、彰人ぉっ、アレは犯罪、犯罪ね、犯罪。大騒ぎになるぞ、かずみだってかわいそうだろ、いくらなんでも……あのさぁ、…もしかして2人つき合ってる?」

「つき合ってない!」

吉貴くんにはつき合っていることを伝えようとは思っていたのに、つき合ってる?と聞かれて、今は彰人さんを許したくない気持ちが勝ってしまい、私は即座に否定してしまった。

即座にそう言った私の手を引き、彰人さんは何も言わずにそのまま連れ去った。吉貴くんは少し心配そうに私の名を呼んだけれど、私たちの雰囲気でいろいろ伝わっているのだと思う。追いかけてはこなかった。彰人さんは速足で楽屋脇の裏口へ私を連れて行き、そこから外へ出た。風が冷たくてひんやりとしていた。まだ演奏中のバンドの音が外にも漏れている。風に混ざった雑音はどこまで運ばれていくだろう、と少し遠くを見るのは、彰人さんの顔なんて見たくないから。

彰人さんは、彰人さんの方を見ない私の両ほほに、冷たい両手の掌をふわりと優しく入れこんで自分の方に向かせた。「…別れないよ?」と、目を見て言う。私を突き落とす時の笑顔で。

私は「わかってる。」と答えた。だってそう答えるしかない。彰人さんがちっとも言う事をきかないことがわかってる。そして、

「でも今度他の人とヤったら、別れる。
私は彰人さんが好きだからそういうの許してつき合いたくない。」

と、付け加えた。

「じゃあもう一回「好き」って言って?」

「……きーてる?人のハナシ…。」

「きーてるよ、かずみが「好き」って言ってくれるなら他の女とはヤらないよ。」

言いたくない。が本心だったりするけど、こういうのも駆け引きの一つなのかもしれない。

「…好き…、」

諦めモードでそう言っただけなのに、彰人さんはギュっと強く私を抱きしめた。

「もう周りに言おうよ、つき合ってること。」

「ヤダ。」

みんながなんとなくわかっていたとしても、まだ言いたくない。ケイちゃんのこともあるけどそれだけじゃない。私がここに存在するのは彰人さんのためだけだと思われるのが嫌だ。私は彰人さんを抜きにしても、1人でここに立ちたい。彼氏の傍にいるだけの女だと思われたくなかった。

「でもだいぶ人に見られたから、もう無理じゃないかな、諦めなよ。」

そう言って笑う彰人さんの笑顔はいつものように憎たらしく、美しかった。

それから私は何を考えたかというと、何も考えなかった。怒りや嫉妬心を鎮めるというよりは、ぜんぜん別の恐ろしい思いをしたから感情がびっくりしすぎてどうでもよくなった。

「…彰人さん…怖いことしないでよ。」

「…かずみが…怖いことさせんなよ。」

迷惑なカップルのバカな会話だ。妙なおかしさが込み上げてきたけれど、笑う気にはなれない。

それから私たちは何事もなかったかのように手をつなぎ、しばらく冷たい風の中で2人だけの静かな時間を過ごす。寒いから自然に身体を寄せて、私は彰人さんの胸にもたれかかる。彰人さんはつながれた手をゆっくり離して大事なものを抱え込むように私の背中に手を回した。誰かを独占したい気持ちは独占したい人が目の前にいる時にだけ満たされる。若すぎる私たちにはきっとそれが全てだから危うい。そういうのはきっと彰人さんもわかっているんだろう。

私は彰人さんの腕の中で一時だけの安心に安らぎを感じながら、本気で彰人さんを壊したいと思った時、ただの「棒」を平気で突っ込めるくらいの強さを手に入れようと思っていた。今はまだ無理。だけどお願いしなくても「棒」に困らないくらいには自分を磨きあげておきたい。彰人さんがどんなにカッコ良くても、私は私の魅力を手に入れていつでも彰人さんを困らせられるようになろうと決めた。そうやって自分の未来を楽しみに、今はまだ彰人さんの腕の中で成長するんだ。

風が冷たくて寒くなってきたから、もう中に入ろうと思って彰人さんを見上げ話しかけようとすると、彰人さんは素早く私の唇を奪った。でも優しく甘く。そして長く。こんな時だけは普通の愛情を感じられるから実は嫌いじゃなかったりする。だから彰人さんの背中に腕を回して抱きしめた。まるで映画のワンシーンのように今はきっと美しいはずだ。浅く、深く、長く、甘く、このまま同化してしまえたら、目の前にいない時間なんてないから、私も彰人さんも苦しまないのに、と思った。

そんなどこからどう見ても恋人同士の時間を過ごしていると、楽屋裏の扉が開く音がした。ビクっとして唇を離す。でも、唇を離そうとするのは私だけで彰人さんは心底周りを気にしていないのが恐ろしい。そして妙な悔しさもある。自分が小者に感じるような気もする。抱き合った腕はそのまま開かれた扉の方を見ると、中からヒョコっと藤崎が出てきた。藤崎は抱き合っている私たちの姿を見つけると「あっ、」と小さく、見てはいけないものを見たように一瞬たじろいだけど、すぐに思い出したかのように眉間にしわを寄せて、

「おまえらっ、おっかねぇ痴話ゲンカすんなよっ!大騒ぎだよ!」

と、口をとがらせて言った。本当にその通りだと思った。

「あはは、ごめんね、陽ちゃん。あ、オレもう帰る。打ち上げ行かないからよろしく。」

彰人さんは私を抱きしめる腕を少しも緩めないで、藤崎にニコニコしながらそう言った。藤崎もよくマイペースな発言をしているけれど、彰人さんに比べるとかわいいものだと思う。

「もーすごい騒ぎになってんのに、消えんの?ズルイなぁ。
園田も帰るんだろ?オレも帰ろうかな。」

「ダメ。陽一は打ち上げ行ってこいよ。しばらく帰ってくんな。」

そんな勝手なことばかり言うお兄さんを持って大変だね、と言ってやりたいけれど、そのお兄さんの、弟にしばらく帰って来てほしくない理由はたぶん私だから何とも言えない。藤崎は諦めたように溜息をつきつつ、楽屋へ戻って行った。




その後、彰人さんのロビーでの行動は、この辺のバンド界隈でキレた野郎がいるとすごい噂になった。しかも泣き叫ぶ生意気な女子中学生をライブハウスの正面ロビーでレイプしたらしいという恐ろしい噂に変わっていた。そんなバカみたいな伝説を持つ人の彼女にはなりたくない。彰人さんとつき合っていることを益々公にはしたくなくなった。彰人さんの女の子のファンもだいぶ減るんじゃないかと思ったけれど、そんなのが「カッコいい」とか言う奴らが男も女もたくさんいて更にバカじゃないのかと思った。

それから私が女子中学生である限り、レイプされたその中学生だと思われる可能性がある。それもかなり溜息な問題だ。だけど開き直るしかないんだろう。周りでもただの痴話ゲンカだとはっきり知っているのは藤崎だけだったから、益々私たちの関係は怪しいものとして囁かれているようだったけど、はっきり認めたら彰人さんが今以上にまとわりつくような気がするからもう少しこのままでいようと思う。「あの2人はできてるんじゃないの?」くらいで丁度いい。私は私で、何かを求める道を進む準備を着々と進めようと思った。ポジションは、「誰かの彼女」ではつまらない。特にあんなイカレタ人が彼氏では別のインパクトがありすぎだ。

育てるもの、勝手に育つもの、技術、感情、発展途上な私は毎日嵐のような日々を送るのだろう。でも勝手に育つなら、胸ももう少し育ってもらいたいものだと、呑気なことも考えられるから、私はまだまだ大丈夫。とにかく前だけを向くことにしようと思った。

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COMMENT

彰人さんという男は、滅茶苦茶な男なんだけど、なぜか不思議と許せるのはナゼでしょう?
僕の中で彼は、いわゆる「憎めないヤツ」ってタイプです。

>楽屋の脇にある給湯室とも呼べないような狭くて扉もない空間で、紗由美さんをきれいじゃない錆びた銀色の流しのようなところに押し付けて、後ろからたいして楽しくもなさそうにヤッていた。

この描写は凄い。
きれいじゃない錆びた銀色の流しから、湿ったニコチンのニオイがプーンと漂い、面倒臭そうに腰を振る彰人さんの表情が強烈にリアルに浮かんで来ました。

あと、かずみちゃんの「こういうのすごいヤダ。疲れるっ。嫌い」っていう言葉。
この「疲れる」って所が、全てを物語ってますよね。
おもわず頷きました。

益々複雑になって来ました。
かずみちゃんは益々強くなって行きます。
これは益々楽しくなって来ました。
(益々が多くて失礼)

今回もおもしろかったです。
次回も楽しみにしてます!!

| 愚人 | 2011/09/22 11:04 | URI | >> EDIT

>愚人様

◆コメントありがとうございます◆
彰人さんのような「憎めないヤツ」というのは、もちろん憎まれる場合もあると思うのですが、憎まれてもいいと思っているから波長の合う人しか呼び寄せません。滅茶苦茶をそのまま行ける時代がありましたよね、泥沼なんだろうけど笑っちゃうみたいな空間がたくさん。

かずみは逞しいです、今後もいろんなバカみたいなめに合ってもめげません。モンスター要素のある男とモンスター要素のある女が一緒にいるとまわりは大迷惑です。若いから面白おかしく好きなコトをしでかして、それはそれはおかしな2人だけの世界を築き上げるのでしょう。

今も、「USB接続狂の宴」というバカらしい物語を直しているところなんですが、もー自分で書いたのに、キモチワルッ!と、遠い目をしたくなりました。(それで、BTに一旦逃げたw)
好きに書こうと思ったら、これはホラーというよりも、ただの「グロ」……。もう少し表現を柔らかくせねば、、、と苦戦中。私は実は映画でもかなりグロ系好きなんです。でも変な話、男性がエロビデオを見ているのが発覚するように、喜んでグロいの見てるのがバレるのは、それなりに抵抗があったりします。エロいのもグロいのも、1人きりで見るのがいいですね。バレないようにw

いつもありがとうございます、大変励みになります♪

| 玉蟲 | 2011/09/22 18:11 | URI |















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