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B面トライアングル<1>

1980年代…

音楽を聞くにはレコード。レコードからカセットテープに録音。
A面とB面が存在していた時代。
携帯電話やインターネットなんていうものはなく、欲しい情報は簡単には手に入らない。
大きく成長し続ける社会の波なんて知らない、子供は子供の目線で世界を見ていた時代。
「個性」が認められつつも、正しいとは教えられなかった矛盾だらけの教育の中、少女は何を見て何を思ったのか…。
携帯やメールがないからこその世界がたしかにあった時代のラブロマンス18禁。大人の階段を駆け上る中学2年生14歳の少女の物語。


B面トライアングル<1>【転校生は根暗人間を目指す】

198X年。

とにかく私は何をどうしていいのか分からなかった。14歳、中学2年生という大人の階段を上りたいと思い始めているのは自分でもわかるけど、それを素直に表現はできない。なぜできないのかも分からない。毎日の生活で学校の勉強以外に私にやらなきゃいけないことなんて一つもないのが、たまらなく寂しくて悔しくてやり切れないのに、目の前には普通に見える家族がいるだけ。

一人部屋に閉じこもり、段ボールの隙間に詰められた統一性のないジャンルのシングルレコードを見つめながら、B面のことなんて考えた。覚えやすくて小気味の良いテンポに自然に身体が動き出しそうなA面の曲に対して、裏側としか思えないようなB面の曲。

なぜこのB面の曲は必要なんだろう。
A面よりもいい曲であってはいけないB面。

それなのに、実はB面の方が飽きないっていうことがなんだか最近分かり始めた。くだらないことで悩んでくだらないことに気づく、こんな微妙な年頃を思春期っていうことくらいは知ってるけれど、呼び方を知ってるくらいじゃやっぱりどうしようもないってことも知ってるんだ。


私は明日、この町を離れる。新しい土地で何が待っているのかなんてそんな面倒なことを考えたくもない。転校生なんてろくな目に合わないっていうことも分かっているんだから。転校5回目ともなれば。
できる限りのつまらない顔をして、誰にも興味を持たれないように過ごすんだ。そうだ「根暗人間」と呼ばれよう。レコードのB面の曲のように目立たず静かに、だけど密かに何かを秘めて。





太陽の光には色がついているんじゃないかと思うくらい、外の光が黄色い。何もしていなくてもじわじわと汗ばんでくる肌を不快に感じながら、まだその辺にいろいろなものが散らばっている片付け途中の部屋で、私は座り込んでいた。

園田(そのだ)かずみ 14歳 中学2年生。
今は夏休み中で、これから新しい中学生活が待っている。

新しい部屋は大きな窓のある10畳ほどの明るい部屋で、真新しい真っ白な壁紙が眩しすぎる。ナチュラルな雰囲気の家具を置いたらそれはそれはステキな部屋になるんだろうけど、私には合わない。私はこんな明るい部屋が嫌いだ。
広くて新しくて明るい部屋を用意してくれた両親には申し訳ないけど、このモデルルームのように作りもののような部屋が嬉しくもなんともなかった。

そんな明るい部屋で一人、これからの学校生活のことを考えると、とても憂鬱な気分になる。私はまた転校生として1から新しい環境にトライしなくてはいけない。転校生というのはどんなに大人しくしていても、うつむいていても絶対に注目を浴びてしまうもので、絶対に観察される対象だ。まず始めに友達のいない嫌われものに付きまとわれて、それからいくつかのグループの塊の中を行き来する。1対数十人の人間関係の渦に巻かれて、くだらない感情の波に飲み込まれ、疲れ果てるのが落ち。

はっきり言っておもしろくない。もうそんなのは飽き飽きなんだ。
観察されるなら「見るがいい!」と完璧な「根暗人間」を演じてやる。
誰も声をかけたくならないくらいの異様な「根暗人間」になってやる。

どうせ、どこかの女子グループの輪に入っても、もともとトイレは一人で行く派だし、それ以外に仲良しグループと言われるその存在の意味が理解できないと常々思っているんだったら、もうそんなものに関わる必要はない。誰と知り合ったって、期間限定のインスタントな関係でしかないんだから。

私は一人でいい。煩わしい人間関係なんてイラナイ。
そして一人で本を読み、一人でゲームでもしながら日々を過ごす方がいい。
だって私には何もない。打ち込めるものなんて見つかる気もしない。
どこへ行って何を知れば、自分らしくいられるのかが一つも分からないんだから。

こうやって悶々と答えがあるのかもわからない事ばかりを考えつつの部屋の片づけにもほとほと嫌気がさしてきた時だった。

「かずみ、かずちゃん。」

私の部屋は二階で、階段を上がってすぐのところにあるので、一階にの階段の登り口で少し大きな声を出せばよく聞こえる、ママの声。

「お向かいの立河さんのお家にご挨拶に行ってくるけど、一緒に行かない?」

大幅にリフォームを終えて新築のように眩しいこの家をママはとても気に入っている様子で機嫌がいい。実はこの土地は、この家は私が生まれる前からの両親の持ち物で、私は小学校1年までここで暮らしていた。今回の父の転勤はもともといた場所に帰ってくるという形のものだった。8年前まで暮らしていた土地ではあるけれど、小さい頃の、それも幼稚園時代とほんの少しの小学校時代のことなので遊んでいた友達やクラスメイトのことなんてよく覚えていない。でも、家族ぐるみのおつきあいがあった、お向かいのお家に住む男の子のことだけはよく覚えていた。

そうだった。転校生といっても、全く知らない土地で全く知らない環境というわけでもないことを忘れていた。昔よく遊んだ同じ年の男の子。きっとこれから通う中学も一緒なのだろう。むずむずする期待とごそごそと蠢く不安がごちゃまぜな塊になって感情の波の中にポトンと落ちた様に一瞬心臓が跳ねた。

でも冷静に考えて、今のこの中学2年生という年齢で、小さい頃よく遊んだ男の子だからといって普通に仲良くなれるとも思えない。それに煩わしい人間関係を遠ざける為に根暗人間を目指すと決めたばかりじゃないか。面倒が嫌いだというわりには、この好奇心がいつも邪魔をして、私の行動は矛盾だらけのものになる。時々そんな自分に嫌気がさすけれど、深く考える前に私は、部屋の扉を開けてママに「私も行く。」と言ってしまっていた。

一本隣の路地に位置する場所にお向かいの立河さんの家がある。路地と路地の間には普通は住宅が二軒立っているので路地が違えばお向かいではなくなるが、うちは二軒分の敷地を持っていたので、半分は広いお庭のようにしてあった。

裏口玄関からママと一緒にお庭を歩きながら、立河さんの家に向かう途中もいろいろ考えずにはいられない。まず、私の矛盾しきったこの行動。結局否定的な考えを巡らせるも、何かを期待してついつい動いてしまう。それがカッコ悪くてたまらないのに、そう思っているのに、行動は止められない。無駄に行動的だと自分でも思う。

行動的な根暗人間は、無理があるのでは?と、自分自身の何もかもが矛盾の塊のように思える。ここで気を取り直してまた根暗人間を努めるにしたって、だったらなんで親になんてついてのこのこ挨拶に来るんだ、という話になってしまう。

結局何がしたいのか分からなくなるくせに、こうやって立河さんの家の扉の前に着いてしまえば、幼なじみの男の子はどんなふうになっているのだろうと思う気持ちに支配される。ああ、なんとなく分かった。私はもしかしてものすごくバカなのかもしれない。

自分がバカだと思っている娘には何のお構いもなしに、ママは立河さんの家のチャイムを鳴らす。

ピンポーン

「こんにちはぁ~。」

一応、ピンポンと押すけれど、押した直後にもう玄関をあけて中へ入るママ。ママと立河のおばさんはとても仲良しで、電話での連絡はずっととっていたらしい。私はママの後ろで心臓をドキドキさせつつもできる限りのすました顔を作っていた。

立河のおばさんは私を見るなり、おばさん達独特の耳触りな甲高いトーンの声でむかえてくれたけれど、息子は二階にいるから二階へどうぞと案内されてしまった。ママたちは子供のいないところでゆっくりお話がしたいらしい。

とりあえず階段を上らなくてはいけなくなってしまった私は、ゆっくりと見覚えのある階段を上がって行った。8年という月日がたっていたけれどその階段を覚えていた。でも私が思っていたよりもずっと狭くて小さいように感じられる。私の身体が大人になったからだけど、そういうのもいちいち恥ずかしいような気持ちになる。でも大幅なリフォームをした自分の家の中には昔の面影が一つもなかったから、ここに来て初めて懐かしいと思える場面に遭遇できたと思ったのがなんだか嬉しかった。

きしきしと小さな音を立てて階段を進むと、そこも昔よりもずいぶんと狭く感じられる廊下だった。子供部屋だった場所に今、誰がいるんだろう。幼なじみである男の子だろうか、それとも彼のお兄さんだろうか。どうやって声をかける?

私がどうしていいか分からずに階段を上り切ったところで止まっていると、バタンと音がして、昔子供部屋だった左側手前の部屋から男の子が出てきた。

私よりもぜんぜん背が高い。真っ黒な髪は少し長めで神経質そうな顔立ち。白くて綺麗な肌をしてる。私は彼が幼なじみの男の子であることがすぐに分かったけれど、彼をどう呼んでいいのか迷う。幼稚園児同士が呼び合っていた呼び名だけは使うまいと一瞬思ったのはたしかなのに、口から出ている言葉はその禁句用語だった。

「あ…ケイちゃん。」

しまったと思ったし恥ずかしいとも思ったけど、ここで恥ずかしがってしまっては更に恥ずかしいことになるのではないかと思い、私は恥ずかしくないふりを決め込むことにした。立河慶太くんという名の8年ぶりに会った幼なじみを、中学2年生という絶妙な年齢であるにも関わらず「ケイちゃん」で通すことに今、決めたのだ。でも今はバカだと落ち込む余裕はない。

「あの、ケイちゃん、久しぶりだね。」

私はそれなりに緊張していたし、気も使った。友好的な態度で私から話しかけるなんてことはこの先、誰に対してもしてやらないと思っていた私が、最大限の気を使って発した言葉だった。そんな私に対して彼は、いやもう、ヤツは、

「あのさぁ、ケイちゃんって気持ち悪るいからやめてよ。」

と言った。

私はもちろん恥ずかしくてたまらなくなる。私だって初めから恥ずかしいと思っていて、無理に平気なフリをしつつの行動なんだから。赤くなってしまったらどうしよう。うつむいてしまったらその沈黙はどうやって破る?でもその前に「ケイちゃん」と呼ばなかったら何て呼べばいいんだ。今さら名字で呼ぶのも恥ずかしすぎて身体中が痒くなりそうだ。

頭の中をいろんな考えが高速で駆け巡る。その怒涛のような考えの波があふれかえってどうにもならなくなった時、私は自分自身が制御不能になる。そうなると根暗人間どころか、ありえないくらい、言いたいことを平気できっぱりと断言するという恐ろしいクセがあるのだ。早い話、開き直ってブチ切れるという最悪なパターンだ。私はヤツの方を真正面から睨みつけ、緊張と不安と恥ずかしさを絶対に隠しきるために腹に力を入れてキッパリとした口調で言った。

「いきなり会ってソレか!おまえだって私のことなんて呼ぶんだ、「かずみちゃん」とか「かずちゃん」って呼ぶしかないだろ?いきなり苗字で園田さんとかって呼べんのかっつーハナシだろ!ふざけんな!気持ち悪りぃからヤメロ?じゃあもう一生おまえの名前なんて呼ばねーよッ!!!!」

びっくりしたように私を見ている男の子は、それからゆっくりと微笑んでいるような表情を作り、

「あんまし変わってないんだね。」と私に言う。

私は小さい頃は男の子とばかり遊ぶ多少元気なところのある女の子であったかもしれないけれど、彼にそんなことを言われるほど暴れん坊さんだっただろうか。そんなことを考えながら彼から目線を外さずにいたら、

「あんまり見んなよ、久しぶりだけどさ。」と少し照れたように言った。

でもそういう自分だってはにかみながらも私を見ている。この瞬間は好感が持てなかったわけでもないのに、素直に照れたような態度ができない私の防衛方法はもう攻撃しか残されていないので、

「おまえも私をあんまり見るな。」と、ぶっきらぼうに言うことしかできなかった。



8年ぶりに再開した私と彼は頭からこんなバトルを繰り広げる事になってしまったけれど、しかし家族ぐるみマジックというのはなんとも言えない引力の様なものがあって、思春期である私たちの性別が違っても親戚や兄弟のような雰囲気が出来上がってしまうのでまったく無視し続ける関係にはならない。

とりあえず火花を散らしながらも彼の部屋に入り、ドスンと座って辺りを見回す。部屋は主にゲーム機とゲームソフトと本で構成されていた。スポーツ少年ではないことが分かる。長めの髪もその証拠だ。わりとオタク系人種と呼べるような雰囲気でもある。

さっきは本当は少しだけカッコイイと思ったけどその考えはなかったことにしよう。オタクはカッコよくてはいけない。すぐになかったことにできるほどの小さな感情だった。しかしそんなことを考える自分の部屋の造りとそっくりであることは棚に上げているのも分かっていた。

「あんまキレーじゃないね、部屋。ゲームばっかだし。立派なゲームオタクに育ったんだァ、よかったねぇー。」

私はかなり嫌味な口調で言った。おまえにはもう優しい言葉はかけないぞ、オタクゲーマー野郎として散々罵ってやる、覚悟しろ、そんな気持ちを込めての上から目線のセリフ。でも彼は普通に私に話しかける。

「かずちゃんはゲームやんないの?」

「あっ、自分だって「かずちゃん」とか言うじゃん。やめてよね、気持ち悪いから。」

私は先程の彼の先制攻撃に対して、防御姿勢がまだ崩れない。彼も私を何と呼んでいいのか悩んだ挙句の「かずちゃん」だったのだろうと思うけど、そこはやっぱり突っ込み返しはさせてもらわないと気分は晴れない。

「じゃぁなんて言えばいんだよっ。」

「ほらぁ、でしょー?私だってケイちゃんのことケイちゃんってしか呼べないんだからさぁ、いきなり気持ち悪いとかって言われてもね、困るわけよ。そこんとこ考えてものを言ってほしいもんだよ。」

「まぁ、そうだけどさぁ。じゃぁいいよ、そのまま呼べば。だけど学校でそんなふうに呼び合うわけにはいかないだろ?」

なるほど。学校で会った時、”ケイちゃん、かずちゃん”ではいられない。学校という世界ではいくら家族ぐるみのおつきあいがあると言っても通じないものだ。絶対に面倒なことになってしまうのは間違いない。

「学校ね。クラスはまだ分かんないけど、同じクラスじゃなければ大丈夫じゃない?ケイちゃんと一緒のクラスにだけはなりませんようにって、神に祈っとく。」

「オレだって、一緒のクラスにならないようにガッチリ祈ってやるよ。」

時の流れは感じるものの、私たちはわりと気恥かしさのようなものには負けなかった。8年ぶりに会う緊張なんて一瞬だった。気を使う必要のない相手であることが確認できてなんだか安心したし、そして別に本気でケンカする気なんてないから、普通に話しかけられる。意地をはって言いあいになっても、幼馴染のケイちゃんであることには変わりないから、一緒にいればまた昔みたいに楽しく遊べるのかもしれないと嬉しくなった。14歳というこの大人でも子供でもないような中途半端な年齢は、どちらに転ぶのか分からない部分がある。もしも拒絶された時のために、仲良くなれるはずがないと自分に言い聞かせていたことも、こうやって安心すれば認められる。

「ねぇ、このソフト借りていっていい?」

ゲームはわりと好きな私にとって、本当は魅力的な部屋でもあることはあんまり言いたくなかったけれど、どうせバレるのは時間の問題だ。

「なんだよ、自分だってゲーム好きなんじゃん。」

「まぁね。」

「人のことゲームオタクって…。」

「あ、コレやろ。勝負、勝負!」

その日は適当な時間をケイちゃんと格闘ゲームをして過ごし、ママが帰るという時に一緒にケイちゃんの家を出た。帰り際、

「明日も来ていい?」

という私に、「うん。」と答えたケイちゃんには昔の面影が残っていて、更に安心した。懐かしさと新鮮さがミックスされたような不思議な感じがする空間の中で、私たちは8年という年月を忘れて遊んだ。でも、それはたぶん私たちが二人きりだったからだと思う。思春期で難しい年頃と周りの大人がいうところの意味はよく分からないけど、たしかに複雑な部分はある。そこら辺が難しい年頃って意味なのかも知れないと思った。


それから学校が始まるまでの数日間、部屋の片づけ以外にすることもない私は毎日のようにケイちゃんの部屋へと足を運んだ。自分でも驚くくらいケイちゃんといる時間は自然で、そして楽しかった。一緒にロールプレイングゲームを進めているとまるで2人で冒険している気分になる。「私のいない時に勝手に進まないでよね。」という私に、「分かってるよ。」と偉そうに答えるケイちゃんの黒い瞳がけっこう好きになった。煩わしい人間関係を嫌う自分であることは確かなのに、ケイちゃんといる時間はそんなことを忘れられるほど心を開けた。


そして学校が始まる。ケイちゃんと同じクラスにだけはならないようにと祈りつつの、転校初日。部屋で2人きりであるからこその交友関係なのは私たちの性別が違うから。下手に同じクラスになって学校での関わりを持つとこのバランスが崩れてしまうかもしれない。それだけは避けたかった。

クラスは自分では選べないので祈るしかないけれど、私は根暗人間を目指してとにかく目立たないように一日うつむいていようと決めていた。これからの学校生活を穏やかに送るための勝負であると充分に気合いを入れて挑んだ。

それでも物理的な問題でどうしても目立ってしまう部分があることに気づく。制服だ。注文した制服が登校日に間に合わなかったのだ。仕方なく前の学校の制服で登校することになった。忙しい両親に恨みごとは言いたくないけれど、できれば制服は転校初日に間に合わせて作って欲しかったと、初日に付き添いで一緒に来るママには少し不機嫌な態度をとってしまった。ママは私が緊張のために余裕をなくしているとでも思ったのか、「大丈夫、すぐにお友達ができるわよ。」等と的外れでつまらない言葉を私にかけるのだった。

学校に着くとママと一緒に職員室へと向かう。職員室で先生方に挨拶をしているママの後ろで私はすでに根暗人間計画を開始していた。生徒にはもちろん先生にも無口で根暗で大人しくて、目立つようなところに立たせると死んでしまうようなモヤシのような女の子だと思われたかった。ママの挨拶が終わると、私は担任の先生だという40代くらいの男の先生に案内され、クラスへと向かった。学校独特の匂いを感じながら、緑色のコンクリの廊下を、まるでヘビの洞窟のようだと感じながら歩く。歩きながら明るい声でくだらないことを話しかける担任への返事は頷くのみに絞った。そして到着したのは2年11組という札が書かれているクラスだった。

2年11組。

そういえばケイちゃんのクラスを聞いていなかった。今日帰ってから聞いてみようと思いつつ、開かれた11組の扉の中に、担任の後について入って行った。「絶対観察の洗礼」がスタートする。一斉にコチラを見るであろう視線を浴びる覚悟はできていたけれど、やっぱり何度味わってもカンベンしてほしいと思う。私はうつむきながらも少し顔を上げて教室全体を見渡す。教室は灰みがかったクリーム色のような印象で、紺と黒の制服の中に、赤黒いリボンがチラチラしていて妙なアクセントに思えた。そして、肌色の顔は全てコチラを向き、黒い目の視線は刺さるように私に向いている。

そんな視線に耐えながらも、教室の空間全体から最前列あたりに目線を移すと、思わず息を飲んだ。目の前にいたのはケイちゃん。

ケイちゃんと一緒のクラスだ。お約束にも程があってもらいたいと思った。びっくりというよりも、やりにくい。気分的には授業参観に近いようなものがあった。ケイちゃんは、真ん中の一番前の席、教卓の真ん前の席に座っている。不機嫌そうな顔をして一瞬私を見ると、すぐに視線をそらし、窓のほうを向いた。

それにしてもケイちゃんの前で自己紹介をするのが心底イヤだ。根暗人間を貫こうとしている私を何と思うだろうか。それでも自己紹介もしないで席に着かせてくれるとは思えないからやるしかない。担任に紹介され、私はゆっくりと静かに口を開いた。今にも消え入りそうな小さな声で。

「園田かずみです。よろしくおねがいします…。」

これでいいはず。余計なことは言わない。シンプルにシンプルに、誰にも興味なんてもたれなくていい。このまま案内された席について一日言葉を発しないでいよう。

しかしこのクラスはソレを許してはくれなかった。どこのクラスにでもいる恥ずかしげのない奴。でも顔がマトモだったりするとけっこうモテるタイプに属するからかなりの確率で勘違い野郎が多い。とにかく私の最も嫌いとするタイプで、私をキレさせる確率が高いと直感で思った。そいつは、私が困ると分かっていそうな質問をからかうように、突然投げかけた。


「趣味はなんですかぁー? 好きなタイプはぁー? 前のガッコで彼氏いましたー?」

クスクス笑う女子。ガヤガヤ笑う男子。このクラスでいい気になっているそいつはクラスの人には好かれているものとみた。人気者的バカヤローだ。ああいうタイプには超真顔で「バカ、なめんな、キンタマ潰すぞ。」って本当は言ってやりたい。けど、根暗人間計画のためには我慢するしかない。穏やかな生活を手に入れるために私は、そんな質問をされたことにショックを受けてたたずむ女の子を一生懸命演じた。

もじもじする演技は最高に気持ち悪いですね…おばあちゃん…でも今私は頑張らなければならないのです。どうか見ていてください。と、死んだおばあちゃんに頭の中でお手紙を書いた。一生懸命落ち着こうとする私の真剣な技だ。そんなふうに気持ちを紛らわせつつ、その場をやり過ごそうと思っていたのだ。でも案内された席により、そうもいかなくなった。

私が案内された席はそいつの隣だった。

どうしてこう最低なことが起きるのだろう、世の中は。神様に今、お願い事ができるならコイツの隣だけはイヤです、ときっぱり言いたい気分だった。コイツの隣であることで、私はいつ暴れ出すかわからない、常に危険な状態に晒される。とにかく私にできるのは無視。腹立たしいことを言われても無視し続けなければいけない。つまらないと判断され興味を持たれなくなるまで。

クラスの人たちの微妙な笑い声の中、静かに申し訳なさそうな演技を続けてそいつの隣に座った。隣でニヤニヤするそいつは、後ろの男の子に「藤崎」と呼ばれていた。
藤崎は、

「よろしく~、園田さぁ~ん。」

と、おちゃらけた調子で話しかけてきたけれど、私は煮えくり返るハラワタをどうにかしずめて、気合で笑顔を作り、無言で軽く会釈のように頭を少し揺らしただけだった。

その日一日、藤崎に何度か話しかけられたけれど、無言でうなづいたり首を横にふったりして、話しかけられることが迷惑で仕方ないんだと主張した。でもツンケンした態度ではなく、時々愛想笑いのように薄く笑って見せたりもして、心底根が暗い人間なんだという雰囲気作りを大切にしたつもりだ。これで、コイツはつまらないヤツだと納得してくれることを信じて。

そしてなるべくケイちゃんの方を見ないようにも務めた。知り合いだとバレるのも今後のことを考えるとイヤだったし、実は毎日部屋で遊んでいるなんていうことがバレたら平穏な生活は絶対に遠のく。団体の中で噂の的になるのだけは避けなければならない。本人達にそんな気はなくても性別が違うんだから100%「できてる」という噂になるのは間違いない。そんな注目を浴びるのは死んでもイヤだ。

いくつかの女子のグループにも話しかけられたけれど、できるだけ言葉を発しないように努めて、大切な第一印象を完璧に「暗い人」に仕上げられたと思う。私がそんなふうに根暗人間計画を頑張っている最中、何度かケイちゃんの視線を感じたけれど絶対に目を合わさないように気を使った。

一日中、根暗人間を続け、やっとむかえた放課後。息が詰まって死にそうなくらいに疲れた。一刻も早く家に帰りたいのに、担任が職員室へ来るようにと言うので仕方なく行き、今後の学校生活で必要な情報をいろいろと聞いた。右から左へスイスイと流れて行く担任の言葉の意味をちっとも考えようとしないあたりは、自分でもとんでもないバカだと思うけど、とにかく疲れていてそれどころじゃなかった。

ただ一つ思うことは、バカだと思われてもなんでもいいから、根暗人間計画が成功しますように、という事だけだった。

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