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B面トライアングル<8>

B面トライアングル<8>【波乱の恋心~捧げられた歌~】

ケイちゃんとの関係にはお互い友情以外の何かがあると確認し合った私たちだったけれど、それでも日常の中でその話題にふれることもなく、意外と普通に今まで通りの日々を送っている。私もケイちゃんも何かが変わることを少し恐れているような気がする。今のところ、2人きりでいる分には何の問題もないけれど、一つだけ気になることと言えば、私がギターを抱えている時のケイちゃんの微妙な空気だ。だけど上達してくる私に一番に声をかけてくれるのも傍にいるケイちゃんだった。


昨日の夕方、吉貴くんに「明日、ヒマだったらピエロにおいでよ。」と言われたけど、この間のライブで問題を起こした私がのこのこ行くのも気が引ける。「ピエロ」とは吉貴くんたちのバンドが早い時間に練習に使っているお店だと言っていた。夜は飲み屋さんになるらしい。

顔のアザはもうだいぶ薄くなった。あれから彰人さんには会っていない。隣の席の藤崎がなにも言わないことを考えると、彰人さんは詳しいことを藤崎には話していないようだ。藤崎は私が彰人さんのファンに殴られたという事しか知らないみたいだった。学校では引き続き「根暗人間」でいられる。藤崎とは席が隣でも、ほとんど口を利かない。変わった根暗な女を幼なじみの吉貴くんが心配して連れ歩いているくらいにしか思っていないんだろう。

隣の根暗女の顔の腫れの理由を知っているというだけの関係もまた、変な関係だと思った。それから勝手にライバル視されていることももちろん知らないだろう。いつか蹴落としてやると、隣の女が真剣に思っていることを知らないのは幸せなことだ。

だいたい、藤崎が隣にいると私は余計なことを考えたくなくても考えるハメになる。ギターに関しての意味不明な悔しさ。彰人さんに関しての意味不明な想い。学校での私をイライラさせる全ての原因は藤崎であると断言してもよさそうだった。


不機嫌な学校での時間が過ぎて放課後になると、私はふらふらとその辺の公園を散歩しながら家に向かって歩いていた。学校から帰るのが遅くなったからとピエロには行かないでおこうと思っている。あと一本、小路を曲がったところで家が見えてくる辺りで、曲がり角から吉貴くんが自転車で走って来るのが見えた。帰ってくるのが早すぎたと思ったけどもう遅い。私に見えるという事は、吉貴くんからも見えるということだ。

「あ~かずみ。後ろに乗ってく?その前に着替える?別に制服でもいいけど。」

「ヒマだったらおいでよ。」と言ってくれた吉貴くんに、このどう見てもヒマそうな歩き方を見られてしまって断りにくかった。

でも、やっぱり彰人さんには会いたくない。会わずにいればそれだけ早く平気になれる。毎日作られる新しい記憶の中に彰人さんが入り込んでこなければ、私の中の彰人さんへの想いは薄れていくんだろうから。だから吉貴くんにはちょっと悪いと思ったけど、今日は断ろうと思った。

「…今日は、いかない…。」

「えっ?マジで?彰人が悲しむなぁ。うるさくてあいつが。顔のことも気にしてんだよ。元気なところ見せてやってよ、かずみ。」

彰人さんが私のことを気にしていると聞くだけで、もうなんだか息苦しい。病気だ。そしてまた、私は好奇心には勝てずに冷静に考えようとする脳みそを平気で口が裏切る。

「着替えてくる。」


そうやって吉貴くんに連れられてピエロに来てしまった。吉貴くんの自転車の後ろで、自分のコントロールできない乙女心について考えたけど、乙女心だと自分で思ってしまうあたりがもう正常ではないとも思った。

ピエロは古いビルの3階にあるお店だった。中には狭い客席とカウンターがあって、奥には小さなステージのようなところがある。テカテカのシルバーのドラムがカッコいい。

吉貴くんの後をゆっくり歩いていくと、カウンターに座っていた彰人さんが私に気づく。「かずみー。」と明るく声をかけてくる彰人さんのリアクションがなんとなく想像していた通りだったので少しは余裕が持てた。

「こんにちは…。」

「かずみっ、会えてよかった。」

彰人さんの隣には藤崎もいた。藤崎は私が来るのを知らなかった様子で「え?園田さん?」と興味なさそうに言う。藤崎のいるこの空間で彰人さんと会話するのも考えものだ。彰人さんの前で緊張してしまう私の姿を晒すのが死ぬほど嫌だと思ったから、ついつい黙り込んでしまった。

「……………………。」

「かずみ、怒ってる?顔、まだ少しだけ跡がある。ごめんね?」

でもこんな態度では私がとても根に持っているように取られてしまう。彰人さんだけが悪いわけじゃないのに。もう気にしていないことは伝えておこうと思い、私は小さな声で

「いや、別に私があの人たちを怒らせたのが悪いから…。」と呟くように言った。

すると彰人さんはニコニコしながら「今日は豚呼ばわりしないんだ?」と言う。

たしかに頭に来てあの人たちを豚呼ばわりしたのは私だけど、それはもう忘れて欲しいと思った。私が常にそんなキレてる人だと思われるのにも抵抗がある。

「私はそんなにいつもキレてるわけじゃない。」

また小さな声で私がそう言うと、吉貴くんが

「かずみは普段は慶太と仲良く楽しそうに遊んでるよなぁ。」と、余計な事を思いっきり言ってくれた。

「え?そうなの?」

と反応したのは藤崎だった。前に藤崎に学校で話しかけた時に、ケイちゃんとは話したりしないと言ったことがある。変な噂にでもなったら困ると思ってのことだけど、なんとなく嘘がバレるのは後ろめたくなくても気まずい。

「園田さん、やっぱ立河と仲良しなんじゃん。アレだろ?噂とかになりたくないってヤツ。別に学校で言ったりしないからオレ。で、付き合ってんの?」

藤崎が勝ち誇ったような顔つきで私を覗きこんで言う。吉貴くんと彰人さんの視線も、一斉に私に向けられた。

もう少し前だったら、即座に否定したと思うけど、この間の海での一件以来微妙な関係となってしまった私とケイちゃんだ。付き合っているわけではないけれど、もしかしたらこの先そういうことになる可能性は高い。こういうのは何て言えばいいんだろう。考えていたら沈黙が出来てしまった。

「ふぅん、前みたいに、即否定はしないんだ。」

そう言ったのは彰人さんだった。

「で、でも、付き合ってないよ。」

何を慌てる必要があるのか分からなかったけど、私は言い訳みたいに取りつけたように急いで否定した。

「じゃぁ、好きなんだ?」

彰人さんのこの質問の答えを待つ彰人さんの表情は読めない。吉貴くんはニヤニヤしていて、なぜか藤崎は深刻な顔つきで見ている。誰が何を考えているのかさっぱり分からないような空気になった。私は、何と答えていいのか分からなくて、

「嫌いではない。」

と、頭の悪そうな答え方をした。

私とケイちゃんのことを暖かく見守るつもりらしい態度の吉貴くんは、ニヤニヤしながらまた余計なことを言う。

「まぁ、まだ付き合うとか付き合わないとか微妙な年頃だもんなぁ。
でも、こいつら2人で夜中に抜け出して遊んでんだよ、悪いよなぁ。」

吉貴くんのバカ野郎と心の中で叫んだけど、ここまで暴露されてしまってはもう言い訳するのも変だと思った。

「そうだね、そのうち付き合うのかもね。」

そう言った私に向ける彰人さんの視線も、藤崎の視線も何とも言えないものだったけど、藤崎の視線の方がなんだか深刻そうに見えたのが不思議だった。


それからすぐにベースの寺田さんという人が来て、吉貴くんたちは練習を始めた。私はステージから少しはなれた客席に移動して練習を見ていたけれど、ギターを持つ藤崎を目の前にするとどうしてもショックを受ける。バレないように全体を見るふりをして藤崎の手元ばかりを見ていた。

こうやって近付きたいものの傍にいられることは嬉しいはずなのに、悔しさの方が勝ってしまう。暗くならないよう心掛けても元気がでない。まだまだ追いつけないことを確認させられるのが苦しい。私も家に帰って一刻も早く練習しいと思った。


吉貴くんたちの練習が終わって、すっかり暗い雰囲気の出来上がっている私に一番に近づいてくるのは、やけにテンションの高い彰人さんだった。彰人さんは本当に何でこんなに私の傍に来たがるんだろう。恋愛感情だと勘違いさせたくてやっているとしか思えない時が多々あることについて、もうはっきり突っ込んでやろうかとも思った。

でも、もしかしたら私が綺麗な外見を持つ人のプライド的な何かに無神経に触れてしまったからこんなふうになっているような気もする。私が「好みじゃない」「絶対好きにならない」なんて言ったからプライドにかけて惚れさせてやろうと思っているのかもしれない。だとしたら謝るから、もう勘弁してくださいと言いたい。生意気なこと言ってすいませんでしたと言うことで解決するならそうしたい。彰人さんとじゃ勝負にならないと神様だって同情してくれるはずだ。挑んだ相手が悪すぎる。

そんなことを思っている私に彰人さんは笑顔を向けて言う。

「この上の階の物置にピアノがあるんだ。行こう。」

いいかげん慣れようとは思うけど、彰人さんのこの強引なペースに毎回振り回される。恥ずかしそうに断るのもヤダ。そして喜んで付いていくのもヤダ。そうやって葛藤しているうちに、こうやって歩きだす私の足もヤダ。もうバカらしくて何もかもヤダ。結局不機嫌そうに無言で彰人さんに付いて上の階へと上がってしまった。

物置だという上の階は、店舗用の古くなった家具類や、看板、ドラムをバラバラにしたようなモノなんかが置いてある、本当に物を置くための空間だった。古いホコリ独特な匂いがする。そして下の階でいうステージのあたりに古いグランドピアノがあった。

彰人さんは真っすぐピアノに向かって歩いていく。私が入り口のところで立ち止まっていると「早くおいで。ちょっとホコリっぽいけど。」と、完璧すぎるスマイルを向けて言った。なんかのCMみたいだ、と心の中で呟きながら、少しはついた免疫のようなものが私を冷静で居させてくれることに感謝した。

彰人さんがピアノの椅子に座り、私はその脇に立った。彰人さんもピアノを弾くのだろうか。古いピアノと彰人さんの横顔が目に入ると今度は、なんかのポスターみたいだと思った。

「ピアノはコードくらいしかわからないけど…いい歌があるんだ。かずみに歌いたい。」

「え?」

歌を歌う?今ここで?どうしてそんな、普通やらないだろ、どう考えてもなさすぎるだろ、という展開を恥ずかしげもなく遂行できるんだろう。他の人に同じことをやられたら迷わず「アホか」と、ひっぱたいているかもしれない。でも彰人さんだからできない。すごく困って固まってしまった。

「かずみは14歳だって言ってたよなぁ、もう誕生日は過ぎたんだろ?」

「え、う、うん。」

「この曲、ハッピーバースデイソングなんだけど、どーしてもかずみなんだよね。」

「………………。」

どうしよう、もう意味がさっぱりわからないし、何が言いたいのかもわからない。

「まぁ、聞いてよ。」

彰人さんはゆっくりと鍵盤を押さえた。柔らかくさみしげな音、「Am」だ。そして甘くかすれた声で歌いだした。しっとりとした雰囲気のさみしげなバラードだった。



…lalalal…HAPPY BIRTHDAY ひとりぼっちの君に…


ゆっくりと歌う彰人さんの横で茫然と歌を聞いていた。

歌の歌詞で耳に残るのは「ひとりぼっちの君に」という部分だった。自分で自分が信じられないけれど、胸が痛くなった。自分が誰かに歌を歌われるだけで胸部分に異常をきたす、ロマンチストと呼ばれる人間だとは思っていなかった。アホらしい言い方をすればこれが「胸キュン」というヤツだと思った。味わったことのない初めての感情で、こんな時はどんな顔をすればいいのかぜんぜんわからない。

歌いながら時々切ない表情で私をじっと見る。海岸で、押し寄せる大波にびっくりして立ち尽くしたまま、一気に飲み込まれてしまったような気分だった。

彰人さんに初めて会った時、好みじゃない、好きにならないと言った私は大バカだけど、普通はこんなことをされて何とも思わない人はいないんじゃないかと思う。こうやって傾いた気持ちはこれからどうやって消すことができるんだろう。どんなにあがいたって簡単に大波に飲みこまれる。もうダメだ。私はもう自分の中にある彰人さんに対しての気持ちを認めざるを得ない。

おそらく一目惚れだったんだろう。バカみたいだけど、それが真実なんだろう。もう分かったからやめてくださいと言いたかった。

冷静に自分の気持ちを確認させられて少し涙目になった。でも感動してウルウル来てると思われるものしゃくに障る。いくら気持ちを認めたからといっても今度はそれを充分承知しつつ、それでもあがいてやる。だから平気なフリを、私が今できる限りの演技でするしかない。

私はしんみりとしたこの曲の余韻の空気の中、ゆっくりと彰人さんを見つめ、

「ありがとう。いい歌だね。なんか…すごく感動した。」

と、気持ちを込めて言葉にした。

彰人さんは、ピアノの鍵盤を長い指でなぞりながら、柔らかい笑顔で、私に視線を移す。

「いい歌だろ、これ。かずみにぴったりの歌。一人が好きなひとりぼっちのかずみ。
これ聴くと、いつもおまえのこと思い出すんだ。昨日も聴いた、思い出したくて。」

なんで私を思い出したいのか、そこが問題になるような気がするけど聞けない。こんなに堂々と「歌いたいから歌う人」と、中学生の私では経験値が違いすぎる。もしかしたらこんな瞬間は私の経験値にも関わる修行になっているのだろうか。

ショート寸前の私の頭は、なぜか、鳥のことなんて考えた。

鳥は頭が悪そうだから嫌いだったけど、今の私は鳥っぽい。何も考えずにバタバタ飛んでいて、「ズドン」と撃ち落された鳥だ。しかも、撃ち落されたことにも気づかずに一瞬で心臓を打ち抜かれて、おいしくヤキトリになっちゃう鳥だ。

ヤキトリは普通にむしゃむしゃ食べられている間も、大空を気持よく羽ばたいている夢を見続けるのかも知れない。そんなことを頭の片隅で考えながら、彰人さんから目が離せずに、見つめ合ってしまっていた。

「なぁ…、今、何考えてる?」

突然の彰人さんの言葉に、びっくりしてまたついつい正直に答えてしまった。

「え…ヤキトリ…。」

「ヤキトリ!! ヤキトリ?
あははっ、なんで?!なんでヤキトリ?!ヤキトリ食いたいって?
おまえ、オモシロすぎ。読めねー。あははははははっ。」

彰人さんはヤキトリに超ウケてたけど、私はなんだかカッコ悪すぎて、お願いだからもう解放して下さいっていう気分になった。ヤキトリを食べたいと思っている食いしん坊なお子様と、見つめ合っていたと思われたことが、すごく恥ずかしくて死んでしまいたかった。

私は恥ずかしくて一刻も早くこの場から立ち去りたかったので、くるりと振り向いて彰人さんに背中を向けた。そして、そのまま歩き出そうとした時、

「おい、まてよ。どこ行っちゃうの?」

と言って私の右肩を後ろから彰人さんが掴んだ。ガタっていう音がしたから、座っていたはずの彰人さんはピアノの椅子から立ち上がったようだ。振り向こうと思った瞬間、肩を掴んでいたその手がフワっと私の髪をかき分けるように首へと移動した。

え?!手が。何で?

びっくりしすぎてそのまま無言で固まっていると、彰人さんも無言でもう片方の手を反対側の首へと持ってきた。後ろから手で首輪を作られているようだった。

私はまるで金縛りにあったかのように動けなかった。殺人犯に首を絞めて殺されそうになっている、恐怖のあまり動けなくなった女の人の絵が浮かんでくる。絶対にないことだと分かっているけれど、いままで誰にもこんなことをされたことがなかったから少し恐ろしかった。このまま首を絞められたら死んじゃう体制。コレって強盗の人に刃物や拳銃を突きつけられているのと似てないかな。それに緊張して、うまく息が吸えない。首から脈拍を感じているなら私の早すぎる鼓動は彰人さんに伝わっているはず。これからどんな会話をするのだろうか。

「首、細いなぁ…。」

首が細い、なるほど。そういうことをしてそういう事を言うのか。ってそんなことを言うために人の首を掴む人っているか?読めないのは彰人さんの方だ。何を考えているのかさっぱりわからない。とりあえず放してもらわないと。

「あっ彰人さん、何してんの。放っ放し…てよ。」

脈拍がおかしいからどもってしまう。

「ヤダ。おまえどっか行こうとするから、コレ首輪。」

「首輪!何言ってんの。私犬じゃないっ。」

強がったセリフを言ってみたものの、身体は強張って動かないし、恐ろしくて振り向けない。私はこの先もうどうしていいのかわからない。とにかく早く放してもらわないと、もう心臓も脳みそも何もかももたない。

その時、入口のあたりで誰かが階段を上ってくる音がした。そのあとガタガタという音を立てて扉が開き、人が入って来た。ケイちゃんと綺麗な女の人だった。

「かずちゃん。何やってんの。」

動けない金縛りを解くように、ケイちゃんが二人きりだったこの空間を壊してくれた。それと同時に彰人さんは手の首輪も外してくれた。助かった。

それからケイちゃんと一緒に来た女の人は小さな声で、「彰くん。」と呟くように言った。
ああ、この間のライブで彰人さんを探しにきた女の人だ。彰人さんの彼女だ。

胸の中には勝手にざわめきが起こる。
ザワザワとざわめく胸の中の感情は今、何について何を思っているのか自分でわからない。ケイちゃんのこと、彰人さんのこと、彰人さんの彼女のこと、どれをとっても原因になるような気がする。

とりあえずこんな変な空間にはもう1秒たりともいたくなかったので、私は彰人さんにあいさつをして帰ろうと、もう一度彰人さんの方を向いた。彰人さんは立ったまま私をジッと見つめていて、その表情がなんともいえず色っぽくカッコよくて、どうしようもない。言葉さえも飲み込ませてしまうような迫力のある整った顔立ちに改めてすくんでしまう。やっぱり中坊の私には無理だ、絶対に無理だ、と再び思わせられる。

それでもそんな感情を頑張って押し隠して、声をひねり出す。

「もう…帰る。彰人さん、ありがと。歌嬉しかった。
でも犬扱いすんのやめてよね。バイバイ。」

彰人さんはゆっくりともう一度ピアノの椅子に腰掛けた。でも、私から目線をそらさない。
怪しげな視線を私だけに向けているように思えた。そして、毒々しい笑みを浮かべつつ気だるそうに口を開いた。

「彰人。「さん」はやっぱいらないなぁ…。
犬、ヤだったら彰人って呼べよ。」

…そういうおかしな空気になるようなセリフを今、ここで言う。言っちゃうんだ…。
攻撃レベルが高すぎる。冷や汗のようなものが自分の身体から、ぶわっと出るのが分かった。
彼女いるよね、目の前に。ケイちゃんもいるよね、そこに。さっき私はケイちゃんとつきあうのかもという話をしたよね。どうしてそんな嵐を巻き起こす種をわざわざ蒔くようなことをサラリと言うんだ、信じられん!

「ヤダ!恋人同士に間違えられたら困るから。
そんなに彰人って呼んでほしかったら彼女さんに呼んでもらえ。」

「ははっ困る…かよ。なんで困んの?」

「はっ?…そんなの…恋人じゃないから!!」

「じゃぁなる?恋人に。って恋人って言い方けっこうレトロ。」

ああ、もうそこにいるケイちゃんと彰人さんの彼女の方を見るのが怖すぎるし、バカみたいな発言しかできていない自分が虚しすぎる。

「ならないよっ!!!」

私がそう言ってケイちゃんの方へ駆けだすと、彰人さんは、

「かずみっ。」

と少し大きな声で私の名前を読んで、私を振り向かせ、

「またね。」

と言いながら、ニッコリ笑って細くてキレイな骨ばった大きな手のひらをひらひらさせた。

逃げるように階段を下りて、下の階にいる吉貴くんに「もう帰る。」と言い捨て、速足で1階までの階段を駆け降りた。後ろから走ってくるケイちゃんとのこの後の会話がどういう方向にいくのか考えながら、一刻も早くこのビルから遠ざかりたかった。

彰人さんと彼女はこういうのでもめたりしないのだろうか。私が子供だからということで冗談の一つで済ませられるのだろうか。それでもこっちはそういうわけにはいかないんだ。いちいち彰人さんの言動に踊らされてしまう。

後ろにいるケイちゃんは今、何を思っているのだろう。会話を切りだすのもなんとなく勇気がいると思いつつ、速足で歩いている私に、ケイちゃんが先に口を開く。

「かずちゃん…何してたの、彰人さんと。」

好きな子が異性と二人きりの空間で、なんとも言えない雰囲気を作っていた場合は、何をしていたのか聞きたいものだと思う。正しい。でも何て答えたらいいのかわからない。何をしていたんだろう、私と彰人さんは。人はどんな思いで2人きりの空間を作り会話をするのか、その意味がもうわからない。彰人さんに歌を歌ってもらっていたんだと答えたら、それは一体どういう意味になるのだろうか。

「歌を、聞いた。」

私はもう事実以外のことは言えないと思ってそのままを答えるしかなかった。

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